太極拳のお話③【太極拳の歴史】

更新日:4月7日


陽鍼はり灸(ヒバリハリキュウ)オーナーの山口です。


太極拳を初めて6年目になります。


昨日は太極拳教室がお盆休みでしたので、今回は太極拳の歴史について少しだけお話したいと思います。



【主な登場人物】


陳王廷(ちん おうてい)…1600年頃の生まれ。陳氏九世。陳式太極拳の始祖。


陳長興(ちん ちょうこう)…1771年生まれ。陳氏十四世。楊露禅さんに陳式太極拳を教える。


楊露禅(よう ろぜん)…1799年生まれ。武禹襄さんの幼なじみ。楊式太極拳の始祖。武術の達人。


武禹襄(ぶ うじょう)…1812年生まれ。楊露禅さんの幼なじみ。武式太極拳の始祖。清の秀才とされた人。


武澄清…武禹襄のお兄さん。王宋岳の『太極拳譜』を見つけて研究した人。


王宋岳(おう そうがく)…中国武術の理論書『太極拳譜』を書いた人。



太極拳の歴史には複数の説がありますが、今から400年ほど前、明代末期から清代初期にかけて、中国河南省の農村に住む陳一族の陳王廷さんが始めたという説が有力です。




陳式太極拳のはじまり【陳王廷さん】


陳王廷さんは、もともと家伝として陳一族に伝えられていた武術を元に、様々な武術の要素を組み合わせたり、中医学の経絡学説や道家の導引吐納術、陰陽五行説を取り入れ、独自の陳式太極拳を編み出しました。



陳式太極拳を教える【陳長興さん】


陳長興さんは後に楊式太極拳を創始する楊露禅さんに陳式太極拳を教えた人です。



楊式太極拳のはじまり【楊露禅さん】


楊露禅さん陳長興さんのもとでのべ18年間修業したといわれています。


その後、故郷の広府鎮に戻り、陳長興さんの太極拳(大架式)を武禹襄さんに教えます。


武禹襄さんは後の武式太極拳を創始者です。


清代末期には、武禹襄さんのお兄さんの紹介で北京に赴き、王族に陳式太極拳を指導します。


指導した王族や貴族らは、贅沢な暮らしに慣れ、病弱で忍耐力がなかったため、なかなか上達しませんでした。


そこで楊露禅さんは陳式太極拳の動きを改良し、また長袖や辮髪といった当時の恰好でも動きやすいように工夫しました。


現在日本で主流の太極拳のベースとなっている楊式太極拳の終始途切れることのない柔らかな動きは、この時の楊露禅さんの工夫からきているようです。


ちなみにこの楊露禅さん、実は「楊無敵」と恐れられるほどの武術の達人だったとも伝えられています。



武式太極拳のはじまり【武禹襄さん】


武禹襄さん楊露禅さんが学んだ陳長興さんの元で修業したかったのですが、高齢の陳長興さんに断られ、陳氏十五世の陳清萍さんに学びつつ創意工夫して武式太極拳を成立させました。


この武式太極拳は深く研究された理論的な動きが特徴ですが、親族にしか伝えなかったため、伝承者は極めて少ないと言われています。



太極拳の名前の由来【王宋岳さん】


太極拳という名称は、中国武術の理論書として有名な王宗岳の『太極拳論』から名付けられたと言われています。


この『太極拳論』を見つけたのが武禹襄さんのお兄さんである武澄清さんです。


もともと太極とは万物の根源であり、ここから陰陽が生じるとされています。


陰陽は対立と統一という二面性を備えており、日本武術太極拳連盟は太極拳における陰陽を


「虚実、開合、動静、蓄発などとして具現化される」


と説明しています。



現在の太極拳


太極拳には陳式太極拳、楊式太極拳、武式太極拳の他様々な門派が存在します。


現在私たちが学んでいる簡化二十四式太極拳は、1956年に中国国家体育運動委員会が制定した普及用の太極拳で、楊式太極拳をベースに24の型にまとめたものです。


日本では日中国交正常化を機に、来日した中国人などから太極拳の存在が徐々に伝えられるようになりました。



明日は陳王廷さんも取り入れた『陰陽五行のお話③』です。





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